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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)9170号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  債権者原告及び被告両名、債務者日新商会こと竹中秀夫間の大阪地方裁判所昭和五七年(リ)第五五一号配当等手続事件において作成された配当表を以下のとおり変更する。

〈省略〉

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、債務者日新商会こと竹中秀夫(以下「債務者」という。)に対する溶接用用材及び同付属材(以下「本件商品」という。)の売掛代金債権二一三万八三一〇円で、債務者の第三債務者株式会社吉田造船工業(以下「第三債務者」という。)に対する本件商品の転売代金債権のうち右同額について、昭和五七年三月五日、動産売買の先取特権に基づく物上代位権行使として仮差押命令(大阪地方裁判所同年(ヨ)第八一六号。以下「原告第一仮差押」という。)を取得し、同命令は翌六日第三債務者に送達された。次いで原告は、同月一〇日、その債権差押・転付命令(同庁同年(ナ)第四四七号、同(ヲ)第七一一号。)を取得し、同命令は翌一一日第三債務者に送達された。

2  原告は、債務者に対する溶接棒の売掛代金債権五〇万二〇〇〇円で、債務者の第三債務者に対する本件商品の前記転売代金債権のうち原告第一仮差押の対象外とされた部分で右同額について、同月五日、仮差押命令(同庁同年(ヨ)第八一五号。以下「原告第二仮差押」という。)を取得し、同命令は同日第三債務者に送達された。

3  被告岩谷産業株式会社(以下「被告岩谷産業」という。)は、債務者に対する約束手形金債権四四五万五五五〇円及び売掛代金債権一六一万三三四〇円の合計六〇六万八八九〇円で、債務者の第三債務者に対する本件商品の前記転売代金債権のうち三二一万四九一〇円について、同月四日、仮差押命令(同庁同年(ヨ)第八〇三号。以下「被告岩谷産業仮差押」という。)を取得し、同命令は翌五日第三債務者に送達された。

4  被告南海信用金庫は、債務者に対する約束手形金買戻債権二二九万三三〇〇円で、債務者の第三債務者に対する本件商品の前記転売代金債権のうち右同額について、同月四日、仮差押命令(和歌山地方裁判所同年(ヨ)第四八号。以下「被告南海信用金庫仮差押」という。)を取得し、同命令は同日第三債務者に送達された。

5  そこで、第三債務者は前記転売代金債務全額二六三万四〇三〇円を供託した。

6  大阪地方裁判所は、右供託金の配当を実施するため(同庁同年(リ)第五五一号)、同年一二月三日の配当期日に、別紙のとおり配当表を作成した(以下「本件配当表」という。)。

7  本件配当表の作成は、被告岩谷産業仮差押及び被告南海信用金庫仮差押(以下これらを一括して「被告ら仮差押」という。)の第三債務者への各送達が、いずれも原告第一仮差押及び債権差押・転付命令のそれよりも先行したことから、動産売買の先取特権による物上代位権の行使は一般債権者である右被告らに対して優先権を持たないとの理論的前提でなされたものと解される。しかしながら、かかる見解は明らかに民法三〇四条一項但書の解釈適用を誤つている。

8  よつて、本件配当表は原告が右優先権を持つことを前提に作成され直さるべきであり、原告は被告らに対し、請求の趣旨記載のとおりの配当表の変更を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告岩谷産業)

1 請求原因1、2の事実は知らない。

2 同3の事実は認める。

3 同5の事実は知らない。

4 同6の事実は認める。

5 同7、8は争う。

(被告南海信用金庫)

1 請求原因1、2の事実は知らない。

2 同4の事実は認める。

3 同5の事実は知らない。

4 同6のうち原告主張の配当期日を認め、その余は知らない。

5 同7、8は争う。

三  原告の主張

民法三〇四条一項但書の「差押」は、物上代位権行使の要件であるが、優先権確保のための対抗要件ではない。

これを対抗要件と考えると、先取特権者の物上代位に基づく差押が競合した場合の優先権をどのように考えるのか不明であり、また実際にも先取特権者や一般債権者の(仮)差押がなされるのは、一般に債務者の倒産状態にある場合に限られるから、たとえ同条の「差押」に仮差押を含めるとしても、右仮差押には物上代位の保全として債権の特定に必要な疎明資料の収集を必要とする以上、殆どの場合一般債権者の仮差押に遅れることとなり、優先権保全の方途を閉ざしてしまうことになる。

また同条項但書の「払渡又は引渡」とは、先取特権者の物上代位による「差押」前の債権譲渡や転付命令の確定を含むとしても、一般債権者が執行保全のためなすにすぎない仮差押まで含むものではない。

よつて原告の先取特権に基づく物上代位に優先権を与えるべきである。

四  被告岩谷産業の主張

民法三〇四条一項但書の「差押」は、もともと先取特権の物上代位が法律の認めた特別の権利であるのにその公示方法がないことから、第三者保護のため、その優先権を主張するためには、先取特権者自らが他の債権者の差押に先立つてその「差押」をすることを要する、とする趣旨の規定であつて、まさに優先権確保のための対抗要件である。これは確立された判例法でもある(大審院大正一二年四月七日連合部判決、民集二巻二〇九頁以下、同昭和五年九月二三日決定等参照)。原告は、これでは、右「差押」に仮差押を含めるとしても殆どの場合一般債権者の仮差押に遅れ、先取特権の優先権保全の方途を閉ざしてしまうことになる旨主張する。しかしながら、一般に動産売買の先取特権者は債務者の転売先を把握しているのが通常であることに鑑みれば、右は全く根拠のない主張である。むしろ何ら公示手段のない先取特権者に一般的な優先権を認めることは、取引の安全を著しく害するものである。

第三  証拠(省略)

理由

一  原告と被告岩谷産業間では請求原因3及び6の各事実に争いがなく、原告と被告南海信用金庫間では請求原因4の事実及び6のうち原告主張の配当期日に争いがない。

二  右の争いなき事実に弁論の全趣旨によりいずれも成立を認める甲第一ないし第五号証及び乙第一ないし第三号証によると、請求原因1ないし6の各事実を全て認めることができ、これに反する証拠はない。

三1  以上によると、債務者の第三債務者に対する本件商品の転売代金債権二六三万四〇三〇円について、原告は先取特権に基づく物上代位権の行使として原告第一仮差押(及びそれに引き続く差押・転付命令)を、また債務者の一般債権者として原告第二仮差押をそれぞれ申請、取得し、他方被告らは債務者の一般債権者として、前記転売代金債権についてそれぞれ被告ら仮差押を申請、取得したこと、しかして原告第一仮差押の第三債務者への送達(三月六日送達)が、被告ら仮差押のそれ(三月四、五日送達)よりも遅れたことが認められる。

2  ところで、民法三〇四条一項但書によると、先取特権者は、目的物の価値代表物(例えば本件の如き転売代金債権)について、その「払渡又ハ引渡」前に「差押」をする限り、物上代位権を行使しうる旨規定する。

これは、本来目的物が価値代表物に変化すれば、先取特権者はこれに対してまで当然には権利を行使しえないはずのところ、本条によつて法が特別に先取特権者を保護しようとした規定であり、しかもその際、価値代表物に新たに関与する第三者が出現した場合には、これをも保護して、両者の利害の調整を図ることも意図した趣旨の規定と解するのが相当である。このような立場からみると、右「差押」とは、仮差押であつてもよいが、公示手段の特に乏しい先取特権者が、その優先権を保全するためには、価値代表物の「払渡又ハ引渡」前に自ら右「差押」をして、価値代表物を特定させると共に、第三者に対して物上代位権の存在を公示する必要があるものというべく、この意味で「差押」は先取特権の物上代位権を行使するための対抗要件とみるべきである。そして右「払渡又ハ引渡」の意義についても、その字句からして、第三債務者から債務者への弁済又は引渡等の本来の価値代表物についての債務の履行を含むことは勿論、さらに価値代表物の第三者への譲渡あるいは一般債権者からする右価値代表物についての差押・転付命令の取得もこれに含めて考えることが出来る。しかして、本件の如く、第三者の仮差押(被告ら仮差押)が先取特権者の「差押」(原告第一仮差押)に先行して存在する場合にあつても、前記法案の趣旨を踏まえる限り、先取特権者が公示手段を具備する以前に、既に第三者が価値代表物に関与したものとして、先取特権者は右第三者との関係で優先権を保全しえないもの、換言すれば第三者による仮差押も「払渡又ハ引渡」に準じて考えることが出来るものと解するのが相当である。けだし、先取特権者のなすべき「差押」に第三者に対する公示手段としての機能を認める以上、これに先行して第三者の仮差押がある場合、この第三者との関係では、先取特権者は自己の優先性(物上代位権の行使)を対抗しうるとするまでの理由は見出しがたいからである。そして、かかる解釈をとつたからといつて、実際上も債務名義を要せずして右「差押」の要件を一方的に具備しうる先取特権者に対して、とくに酷を強いるものと評することも出来ない。

3  そうすると、第三債務者のなした供託金について、原告の有する請求原因1、2の債権及び被告らの有する同3、4の債権の各債権額に応じて平等にこれを分配した本件配当表に、原告の主張するような瑕疵はなく、結局原告の本訴請求はその前提を欠いて失当である。

四  結論

よつて、本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙

配当表

〈省略〉

〈省略〉

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